2018/12/11 21:46


いきなり暗い話だが、私は離婚を経験している。

離婚した後、はたらいていた所でいじめられて、うつになって仕事を辞めた。
病院にはうつと診断されるのがこわくて行けなかったのだけど、朝起きると、まず泣いていた。

そして、はたらくのがこわくてこわくて、どうしようもなかった。
どうして自分が生きていられるのか、全然わからなかった。

なのに毎日、朝は来た。

自己都合で辞めたから、失業保険が下りるまで、カードで暮らしてしまって、はたらき始めても週3日までが気力の限界で、ある時カードの限界が来て、弁護士に相談に行った後、母親に白状して弁済してもらって、その分を3年半かけて母親に返した。

それが、去年までの、私。

こういうのを、リアルって世の中では言うんだと思う。
又はセックスの話を。

そして読者は主人公がどん底に落ちて、そこから這い上がって来るのを、マラソン大会の最後にゴールする運動音痴の子どもを、参加者や学校の先生や父兄全員で見守るように、他人事として読んで、達成感を得る。
(マラソン大会いつもビリだった私にはこれもリアル過ぎる例えだ)

私のマンガは、持ち込んだ編集者によく「カタストロフィがない」「リアリティがない」と言われた。

私は、そのひとたちに訊きたい。

じゃあお前は這い上がって来たことがあんのか?
と。

ところが私は、這い上がって来たつもりはない。

大分長いこと沼の泥の中に居て、のっそり出て来て、休み休み森の中を歩いていたら、優しいひとたちがいて、質問すると答えてくれたので、謎を解くように森を進んでいたら、いつのまにか気持ちの良い草原に出た、みたいな感じだ。

この度の「すべてのリアリティとロマンチックをつめこんで」の主人公のひとり、成穂は、漫画家をあきらめてwebデザイナーをやっている。だけども、元婚約者に再会し、自分の描くものの価値を再確認したことで、マンガという山はあきらめたけど、違う草原へたどり着こうとしていることに気付く。

日本の結婚という制度は、私が思うに、その世帯の扶養者の所得税が安くなる以外には何のメリットもない、女性にとっては奴隷制度と言っても過言ではない制度だ。
(あくまでも私の視点。そしてバイトで月15万円しかもらってなかったのに夫を扶養に入れてた経験者は語る。確かに税金はがくんと安くなった。)

そんな制度に入らなくて良かったね、なんて思ったりもするが、結婚が駄目になるのと、恋愛で別れるのでは、大きくダメージが違う。

描いていて自分で少し驚いたのだけど、このマンガにはよく結婚というキーワードが出てくる。

フェミニズム研究をしている大学生、空はひとり親である母親の再婚にとても胸を痛める。

気付いたら、両方の男女の話に結婚について考えさせてしまった。

彼に好意を寄せる晴瑠は、それは彼の独り立ちの機会だとはげます。

漫画家をあきらめた成穂の元婚約者、真園は、再会し、よく呑みにいくことになった成穂に対し、自分との過去にとらわれず彼の人生を歩んで欲しいと、なかなか心が近づけられない。


(最初の方にしていたメモ。あくまでテーマだった、「すべてのリアリティとロマンチックをつめて」。)


私は彼女たちを描いていて、お互いの相手にどんな気持ちを持っているのだろう?と、とても頭を悩ませた。

私の過去の作品で顕著だったのは、私の好きなバンド・カーネーションの歌詞にあるような「だけどやっぱりかわいい君がぼくの全て」(60wは僕の頭の上で光ってる)とか「恋するために僕は生まれて来れたはずなんだけど どうすれば良いんだろう?」(恋するために僕は生まれて来たんだ)とか言っちゃう男子に翻弄されている恋愛偏差値の低い女性だったのだけど、今回は「何言ってんの」(夜の煙突 森高千里ver 歌詞にはないフレーズ)と、軽く突き放すような女性が描きたかった。

ひとりでも、生きていける真園。
ひとりで、やっていこうかと恋をあきらめかけていた晴瑠。

彼女たちは、気になる相手に寄りかかることはしない。
寄りかかられることも、避けたがっている。

一緒に歩みたいと、手を差し出す。

共働きが当たり前になったこの時代、この考え方の方がリアルなのではないだろうか。

結婚という制度に疑問があるからこそ、私はこのキーワードを多く使ったのかもしれない。

とにかく、世に言われる、つらいことを、私が考え得る限り、紙面の許す限り詰め込んだつもりだ。

ところがどうだろう。

そのつらさは登場人物たちに軽やかに語られ、酒のつまみにされたり、若い再婚相手は「エロい!」などとののしられる。

これが、私のリアルだ。

私はつらいことがあった。
真園も、晴瑠も、成穂も、空も、つらいことが色々あったと思う。

そしてそれを乗り越えてもいない気がする。
ただ、ふたりでいるだけで、中和される。

だから、気の合うひとと、ふたりで居たい。

これこそが、私にとって本当にリアリティがあって吐きそうになるくらいだ。

私たちは弱い。
それがリアル。

私たちは弱くて、良い。

それが2010年代のリアル。

カーネーションの歌詞で言うと「申し訳ないが僕を抱いて 少し寒気がする」(I LOVE YOU)というところだろうか。

「すべてのリアリティとロマンチックをつめこんで」のテーマは、リアリティとロマンチックの同居。
つまっているのは私が生きてきた40年間すべて。


ご興味のある方はぜひお買い求め下さいね。